ふんどしの歴史 -漢の勝負下着はふんどしだった?-おしゃれなふんどしで人気になるならふんどし専門店の【株式会社ふんどし部】へ!

勝負下着、持ってますか?

突然ですが、皆さんは勝負下着を持っていますか?

中には持っている人もいれば、持っていない人もいると思います。

持っている人は仕事や異性とのデートなどの「ここぞ」と気合を入れたい時に着用している人が多いと思います。

この勝負下着という考え方、そもそも勝負下着という存在が実はふんどしが始まりだったかもしれない事をご存知ですか?

勝負下着の始まりはふんどしだった?

もともと、ふんどしの始まりは戦へ行く時に身につけるものだった。

この事からも、「ここぞ」と気合を入れたい時に身につけていた事が始まりだとわかります。

さらに、江戸時代当時ではふんどしは木綿の高級品で庶民には手がでないものだった。

日常でふんどしを締めない日が多く、所有率も全体の40%以下だったという説もあります。

しかし、そんな庶民の男性も戦以外でどうしても履きたい時があった。

それが

・人が多く集まる花見や祭り

・遊郭に行く時。

 

勝負下着はレンタルだった?

当時、高級なふんどし。

一般庶民が誰でも持っているわけではなかったのです。

遊郭では、遊郭の遊女にふんどしを持っていない事がバレると

「あんさん、貧乏なんですかえ?」

と笑われてしまったと言われます。

 

見栄っ張りだった江戸っ子は”ふんどし見せる事はイキだ”と思っていたようです。

高級品のふんどしですからね。

なので、祭りや花見でもみんなふんどしを履きたかったのです。

ではこの時に、ふんどしがない人はどうしたのか?

実はふんどしを持っていない人にふんどしをレンタルするサービスが当時あったのです。

 

一般庶民の味方「損料屋」

当時、衣料品(布団、まくら、等)を中心的に日用品の貸し出しをしていた「損料屋」

店舗を構えているものから、出張販売スタイルのものまで様々な形で存在していたようです。

この損料屋ではふんどしの貸し出しもしていたのです。

花見、祭り、遊郭 などの気合を入れてたい場面。

勝負をしたい時に、庶民はこの損料屋でふんどしを借りていたようです。

 

まとめ

・つまり、江戸時代当時の勝負下着はふんどしだった。

・しかも、庶民はふんどしをレンタルしていた。

 

日本人初の下着であるふんどし。

このふんどし全盛期の江戸時代に、勝負下着という文化が生まれていたんですね。

株式会社ふんどし部は「勝負下着業界のチェ・ゲバラ」として、子供用から大人用、メンズ・レディースまで様々なふんどしを取り揃え、男性・女性問わずふんどしの良さを広めていきたいと考えております。

お役立ちコラム

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